「本の声、土の香り」展について:
ポール・ウェンツとユーラバ(Euraba)製紙社のこと

佐和田敬司(早稲田大学オーストラリア研究所)

東京製本倶楽部と早稲田大学オーストラリア研究所との共催によって「本の声、土の香り」展が開催される。ポール・ウェンツという作家のテクストを、ユーラバ(Euraba)製紙社がすいた紙に印刷したものに対して、ほどこされた製本の美を競う展覧会である。
 
 ポール・ウェンツは、フランス語で「オーストラリア文学」を書き続けた、希有な存在の作家だ。彼は1869年、フランス北部の都市ランスで生まれた。23才の時、ウェンツは初めてオーストラリアに渡り、ヴィクトリア州やニューサウスウェールズ州の牧場でジャッカルー(農場主になるための見習い)として働いた。第一次大戦に通訳としてヨーロッパを転戦したり、世界中を旅することはあったが、終生ニューサウスウェールズ州のフォーブズ近郊でオーストラリア人の妻と牧場を経営して暮らした。その傍らで、フランス語の短編・長編小説をフランスの出版社から出版し、また幼なじみで世界的文豪であるアンドレ・ジイドや、オーストラリアを代表する女性作家マイルズ・フランクリンらと親しく交わった。
 
 今回の企画で取り上げられるウェンツの初期の短編CharleyとJim and Jackが執筆された20世紀初頭は、「オーストラリア文学」が芽生えた時期と重なる。植民地時代に見られたようなイギリス人の作家がオーストラリアを題材にするのとは異なり、この時期には、オーストラリア生まれの作家たちが自らの故郷オーストラリアを文学の中で描きだそうとした。彼らにとって「オーストラリア」を象徴するものは、ブッシュであった。ブッシュとはユーカリの巨木が点在し乾燥しきった大地の過酷な自然であり、ブッシュを描くことは、そこで自然と格闘しながら生きる入植者の姿を描くことであった。文学の中で描かれたこの人々の生き様こそが、真のオーストラリア人の姿として国民に受け入れられていった。このような「ナショナル・アイデンティティ」としてのブッシュを描く作家たち(例えばヘンリー・ローソン)が活躍をしていたのとまさに同時期に、ウェンツは執筆活動を行った。オーストラリア人としてではなく、一人のヨーロッパ人としてウェンツは、「オーストラリア文学」誕生のムーブメントを、フランス語で「オーストラリア文学」を書くことによって、ヨーロッパに紹介したのである。
 
 ウェンツの業績は今、彼が生涯を終えたニューサウスウェールズ州フォーブズで顕彰されている。オーストラリアのブッシュを異邦人として描いた彼の存在は、同じく20世紀初頭に、日本の心象風景の一つである怪談を文学に描き出した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)にも似ている。今日ではウエンツは、「オーストラリアで初めてのマルチカルチュラル作家」との評価も下されている。だがウェンツは作品のほとんどをフランス語で執筆し、英語で書いたのは唯一『ニュー・チャムの日記』のみであったため、オーストラリアでは1990年代に短編集の英訳が出版されるまでほとんど知られていなかった。彼の小説の邦訳には、『珊瑚の苑』(永田逸郎訳、牧書房、1942年)がある。
 
 今回の企画で紙を提供したユーラバ・ペーパー・カンパニーは、アボリジニの経営する会社である。この製紙社は、TAFE(高等専門学校)で紙漉の技術を身につけたアボリジニの女性たちによって設立、運営されている。もともとアボリジニの伝統に、紙を漉く技術があるわけではない。かつてアボリジニ女性たちは、地元でとれる植物の繊維を編んで籠などの工芸品を作っていた。そして今日、このカンパニーのアボリジニ女性たちは、同じ繊維を使って、新たに手にした紙漉きの技術により、アボリジニの伝統的な文化をその個性的な紙に漉き込んでいるのである。
 さわだけいじ(早稲田大学オーストラリア研究所)「東京製本倶楽部会報42号より」 


本の声、土の香り Double Bush Binding
2006年6月6日−6月17日  10:00-18:00 (11日は休館、17日は16:00まで)
会場 早稲田大学 ワセダギャラリー+総合学術情報センター展示室


早稲田大学 ワセダギャラリー
169-8050 東京都新宿区西早稲田1-6-1 小野梓記念館1階

早稲田大学 総合学術情報センター展示室
169-8050 東京都新宿区西早稲田1-6-1総合学術情報センター2階

問い合わせ先■早稲田大学オーストラリア研究所 03-5286-9880
東京製本倶楽部 080-6505-5589  event@bookbinding.jp
http://bookbinding.jp/

Tokyo Bookbinding Club Home