2005年本紹介(連絡先、リンク等は掲載当時の情報です) 2004年以前
- 大川玲子『図説コーランの世界―写本の歴史と美のすべて』
- Douglas Cockerell “Bookbinding:The Classic Arts and Crafts Manual”
- 大貫伸樹『製本探索』
- 橋口侯之介『和本入門』
- 遠野春日『図書館の眠り姫』
- 『dioramarquis』創刊号
- 飯田治代『よみからかす』
- 『原弘 デザインの世紀』
- 『田中栞の古本教室』
- 『大正・昭和のブックデザイン』
- 井上嘉瑞『井上嘉瑞と活版印刷』著述編・作品編
- 『仙臺文化』創刊号
- 「本と箱をめぐる冒険2」
- RELIURE Les decor en papier
- 府川充男撰輯『聚珍録(しゅうちんろく)―図説=近世・近代日本〈文字―印刷〉文化史』
- エドワード・ジョンストン著、遠山由美訳『書字法・装飾法・文字造形』
- 『歸らざる風景 林哲夫美術論集』
- 石塚純一著『金尾文淵堂をめぐる人びと』
- 小槌義雄監修・コレクション『エクス・リブリス―和の蔵書票コレクション』
- 『「古本屋の書いた本」展目録』
- 『未来』第463号
- 編集ワーキンググループ編『防ぐ技術・直す技術-紙資料保存マニュアル-』
- 林哲夫『読む人』
大川玲子『図説コーランの世界―写本の歴史と美のすべて』
河出書房新社 2005年3月刊 A5変128頁 本体1800円+税
クルアーン(コーラン)の写本に焦点をあてた、日本で初めての本。豪華な絵画で飾られたキリスト教関係の写本と異なり、偶像崇拝を否定するイスラムの聖典は、多種多様な書体のアラビア文字と精緻な文様装飾のみから成る。本書はそのような独自の美をもつクルアーン写本の歴史を、書体や装飾、書写材料の変遷、各地方の特色などに注目しながらたどった入門書である。貴重な写本の写真がカラーおよびモノクロで多数収録され、イスラム文化圏における「美しい書物」の興味深いガイドブックとなっている。製本・装丁に関する記述も若干ある。
Douglas Cockerell “Bookbinding:The Classic Arts and Crafts Manual”
Dover Publications 2005年9月刊 英語 ペーパーバック
352頁 14.95ドル(米)
20世紀初頭に活躍したイギリスの著名な製本家ダグラス・コッカレル(1870-1945)による古典的な手製本の技法書“Bookbinding and the Care of Books”(1901)が、この秋、アメリカのDover社から上記のタイトルで復刊された。息子で同じく製本家のシドニー・コッカレルによる増補部分を加えた改訂版が1978年に出ているが、今回のDover版は1901年アメリカで刊行された初版をそのまま復刊したもの(初版のテキストと図版はすでに著作権切れと見られる)。ウィリアム・モリスの主導するアーツ・アンド・クラフツ運動において重要な役割を果たした製本家コブデン‐サンダースンの弟子であるコッカレルは、アーツ・アンド・クラフツの理念を受け継ぎ、発展させて、その後の製本に大きな影響をあたえた。100年以上前に書かれた本ながら、きわめて明解かつ有益な製本の技法書として、多くの製本家、修復家、図書館員らに高く評価され、長らく版を重ねてきた「古典」が、今またペーパーバック化されて入手しやすくなったのは喜ばしい。図120点、モノクロ写真8点。
(以上2点、市川恵里)
大貫伸樹『製本探索』
印刷学会出版部 2005年9月刊 A6判上製173頁 定価・本体1800円+税
これまで、製本史というと造本形態の種類を歴史的変遷にしたがって解説するもので、いずれも手製本の歴史がほとんどであったと思う。大貫氏は、自身でもルリユールを手がけ、手製本の構造について理解に努めているが、それ以上に機械製本の方法とその仕組みに取り憑かれている。開発者を探したり製本された実物を古書で探したりして、製本事情の探索にのめり込む。本書では、日本の近代製本についての検証から始め、現代製本の最もポピュラーな形である無線綴じに特に焦点を当て、方法の違いや開発の歴史に肉迫。ほかに、日本でいわゆるフランス装と言われる形態のものや、南京綴じ、針金綴じについても調査を行い、この著者ならではの分析を展開する。いわゆるフランス装の形について、和装本の表紙との類似点をあげるのはやや強引な印象があるが、フランス装がフランスの製本形態というより日本人の創意で行われた製本方法と見れば、製本職人は日本人なのだから頷ける部分もある。巻末で述べられる「装釘」の用語について、釘そのもので綴じられた製本方法を発見して実物を裏付けに持ってくる説得も力わざで、このあたりは著者の、釘をはじめとする金属を用いた製本方式への強い憧憬と執念が感じられる。
本書で唯一残念なのは本書の製本があじろ無線であることで、いくらあじろ綴じについての言及が多いからといって、後世に残ることを考えれば、無線ではなく糸かがりにするべきであろう。
前著『装丁探索』(平凡社)、『装丁散策』(胡蝶掌本)に続いて本書が刊行されたことで、従来の製本史と異なる大貫製本史が確立されつつあるが、これは著者が現代出版物のブックデザイナーであり、日常、機械製本に近い世界で仕事をしていることと、無類の古書好きで古い本を探すことが喜びという性癖が実にうまく作用していると言える。なお前著『装丁探索』はこのたび第4回ゲスナー賞「本の本」部門銀賞(金賞なし)を受賞した。個性的な視点が評価されたものと見てよいだろう。
橋口侯之介『和本入門』
平凡社 2005年10月刊 四六判上製254頁 定価・本体2200円+税
創業70年、和本を専門に扱う神保町の誠心堂書店の店主が、江戸期の版本を中心に、和本の世界をわかりやすく紹介した。前半で巻子本や折本、綴葉装(大和綴じ、列帖装)、粘葉装などについての製本形態への言及もあるが、やはり江戸期の本の成り立ちや出版流通形態など、得意分野に話が及んだほうが、記述が生き生きしてくる。書物の大きさと内容の関係、『国書総目録』の問題点、奥付や刊記の見方、表紙のつくりについて、そして和本の見方・取り扱い方、簡単な修復と保存の方法まで、いずれも経験に基づく内容だけに、「入門」の名にふさわしい、わかりやすい書き方になっている。後半、古書業界での和本の売買状況や、市場での取引がどうなされるかについては、さすがに経験を積んだ当事者らしく臨場感溢れる描写で、正直言って、この部分をもっとたくさん書き込んで欲しかったと思う。書誌学的な内容については、長澤・川瀬ら学者の書誌学とは異なり、著者が古書店の現場で活用してきた実用技法であるだけに、初心者が読んでも理解できる。著者の先代のエピソードや折々に挿入される体験談も面白く、入門書として意気込んで読む本というより、読み物として楽しめる1冊である。図版が豊富な点も親切で、それも実際の写真だけでなく、イラスト図解が的確で信頼できるところが良い。『日本古典籍書誌学辞典』のイラストと違い、本書のイラストは実物を見知った人の手になるものであろう。巻末に用語索引つき。
遠野春日『図書館の眠り姫』
ビブロス(ビーボーイ・ノベルズ) 2005年9月刊 新書判222頁 定価・本体850円+税
本書はボーイズラブ小説、つまり男性同士の恋愛小説である。なぜここで紹介するかというと、文中に、壊れた本を「パピヨンかがり」で補修し直し、恋人の誕生日プレゼントにするくだりがあり、製本の作業工程について、かなり詳しく描写がなされているからである。主人公は男子校・鷹苑学園の図書館に勤務する美貌の司書教諭。お相手である若き理事長は、この学校の出身者でもある。彼氏が在学中に愛読した図書である『八十日間世界一周』が、綴じが壊れ廃棄対象となっているのを主人公の司書がもらい受け、綴じ直し、新しい表紙をつけ直して贈り物にするのである。週末、イメージに合う表紙クロスと見返し・遊び紙、花布などの材料を足を棒にして探し回ったり、緊張しながら表紙貼りの作業をしたりと、著者も実際にやってみたのではないかと思わせるほど、記述がこまかい。残念なのは、製作工程が角背の上製本であるのに、195頁のイラストに描かれている本が丸背本になっていることである。なお、このくだりは本書の174頁から199頁にあるので、過激な描写とイラストを目にしたくない方は、ここだけ読めばよい。
『dioramarquis』創刊号
アトリエ箱庭(TEL 06-6203-5877) 2005年9月刊 四六判28頁(うち4頁カラー)・コレクションカード1枚つき 定価700円(税込)(東京では神保町の書肆アクセス取扱い。電話03-3291-8474)
アトリエ箱庭は、古書と珈琲が楽しめるブックカフェで、篆刻教室や展示イベントも行われる個性的な空間。本誌は、このアトリエのオーナーである幸田和子さんが発行を始めた小さなブックレットである。未央響「空中線書局の手製本」、小野原教子「北園克衛とファッション」、戸田勝久「近世書画彷徨」、黒木まがり「『大人の絵本』について」、幸田和子「『カルバドスの唇』」、「とらんぷ堂のパリ買付日誌」など、いずれも書物にまつわる読みごたえのある随筆が、洗練されたレイアウトで豊富な図版とともに収録されている。タイトルは「Diorama(箱庭)+Marquis(侯爵)=Dioramarquis」の意で、誌面デザインを担当した羽良多平吉さんの命名だという。本誌は二つ折りにした紙葉を白い水引でまとめた瀟洒なつくりになっており、付録のカードには、山下陽子さんのコンパクト・オブジェがカラー印刷されている。 (以上4点、田中栞)
飯田治代『よみからかす』
ゆいぽおと(TEL 052-955-8046) 2005年7月刊 A5判215頁+書名索引14頁 定価・本体1600円+税(神保町・書肆アクセスにて取扱い)
ジャケットに印刷された8冊のルリユール作品が、まず目を引く。著者は1968年に名古屋市図書館の司書となり、1984年頃からは子育て中の母親たちとともに児童文学を読む会を主宰している人物。本好きが高じて、読むだけにとどまらず小澤眞美子さんのルリユール教室に通い、現在も手製本に励んでいる。本書のタイトルは、愛知県の言葉で「思う存分に読む」という意味。その言葉通りに、公共図書館の司書として38年間、膨大な量の書物を「読みからかいて」過ごし、新聞や図書館関係の情報誌などに本の紹介記事を執筆してきた。児童書のみならず、話題の小説やミステリ本、ノンフィクション、写真集に自伝に書簡集と、目にとまった面白そうな本は手当たり次第に読み、おめがねにかなった本を精力的に推薦していく。本書に登場する本は300点以上。ルリユール教室へ足を運ぶ日常の様子がさりげなく出てきたり、美術館好きや図書館フェチの性癖がそこかしこに現れたりと、本好きならついつい読んでしまう文章だ。肩の凝らない軽快な書評エッセイ集である。
『原弘 デザインの世紀』
平凡社 2005年6月刊 A5判上製239頁 定価・本体2800円+税
グラフィック・デザインの第一人者、原弘(1903~1986)の執筆した文や新聞雑誌に取り上げられた折の記事などを中心にまとめた1冊。原弘は昭和初期からソヴィエトやドイツのデザインにいち早く目を向け、有名画家による商業図案ではなく、近代タイポグラフィと写真を活用する視覚的な演出を行った。戦時中は東方社で対外宣伝誌『FRONT』のアート・ディレクティングを手がけ、写真家木村伊兵衛らとともに外国語グラフ誌のデザインに腕をふるっている。広告と出版の世界で広く活躍し、製紙や印刷インキ企業に対して提言を行うなど、幅広い活動を行った。本書には、ブックデザイン関連の資料として、「書籍装幀を始めた頃」「日本のエディトリアル・アート」「装丁20年」(原弘の執筆記事)、「装本の喜び、苦しみ」(取材記事)、勝見勝「原弘の装本をめぐって」、田中一光「原先生はブック・デザインの神様のような人」(寄稿)が掲載されている。参考図版も豊富で、昭和期グラフィック・デザインの流れをたどることができる贅沢な一冊である。
(以上2点、田中栞)
『田中栞の古本教室』
紅梅堂(TEL・FAX 045-431-1260/E-mail koubaido@cam.hi-ho.ne.jp )
2005年8月上旬刊 四六判16頁・折紙豆本の実物付録つき・署名入 定価300円・直販の場合は+送料120円(神保町すずらん通りの書肆アクセス取扱い)
書肆ユリイカの本をコレクションし始めることになった経緯を綴った「書肆ユリイカの本・蒐集事始め」(2ページ)、仙台まで行くことができない関東地方在住の愛書家のために、東京と横浜で書肆ユリイカの本を見る方法を紹介した「国立国会図書館&神奈川近代文学館&日本近代文学館で、書肆ユリイカの本に触ってみよう!」(4ページ)、「火星の庭」店主と常連客(東京製本倶楽部会員)と田中栞の3人で、古本の楽しみを語り合う「紙上座談会・女の古本談義」(4ページ)、糊もハサミも使わずに1冊の本が作れる図解入り「折紙豆本・紙上製本教室」(4ページ)の計4本の書き下ろしを収める。書肆ユリイカの本の書影や「火星の庭」の店内古書棚の写真など、図版満載。田中栞手作りの折紙豆本・完成品1冊(表紙タイトル及び本の中のコメントは著者直筆)が付録としてつく。(なお、本書の製本と付録の作成はすべて手作業のため、搬入に時間がかかります。お早めにお申し込み下さい)(田中栞)
『大正・昭和のブックデザイン』
ピエ・ブックス 2005年4月刊 A4判203頁 定価・本体5800円+税
1910年代~1940年代の日本の出版物から650冊もの書影を、オールカラーで紹介した一大ブックデザイン作品集。書籍はブックデザイナーの人名五十音順に、雑誌はジャンル別に、1ページあたり2~9点ずつの図版を掲載する。書籍では恩地孝四郎、岸田劉生、小村雪岱、佐野繁次郎、杉浦非水、竹久夢二、東郷青児、中川一政、蕗谷虹児、村山知義、柳瀬正夢らの作品に多くのページを割く。書物の著者や内容ではなく、デザイナーによる分類配列により書影を並べることで、書物の美術作品としての側面を表現、個々の画家の作品世界だけでなく、当時のブックデザイン史をも浮き彫りにする構成となっている。
井上嘉瑞『井上嘉瑞と活版印刷』著述編・作品編
印刷学会出版部 2005年4月刊 A6判上製、著述編108頁・作品編94頁 各冊定価・本体1600円+税(神保町・東京堂書店(電話03-3291-5181)にて取扱、嘉瑞工房 http://www.kazuipress.com/)
著者の井上嘉瑞(いのうえよしみつ、明治35年~昭和31年)は、日本郵船の社員であったが、幼少の頃から活版印刷に魅せられ、自ら活字を蒐集し組版印刷するプライベート・プレス「嘉瑞工房」(かずいこうぼう)を主宰していた。本書は2分冊となっており、著述編には井上の「田舎臭い日本の欧文印刷」「工房雑語」「郵券蒐集第一歩」と高岡昌生(現嘉瑞工房代表取締役)による丁寧な解説「井上嘉瑞の人と作品」が、作品編には「活版習作」「続活版習作」「&の変遷」「Specimens of Initials」が収載されている。
『仙臺文化』創刊号
『仙臺文化』編集室(編集・渡邊慎也(仙台市太白区緑ヶ丘1-19-6 電話022-249-6530)) 2005年5月刊(年2回発行) A4判23頁+別刷付録「昭和3年仙台盛り場地図」2頁 頒価700円(神保町・書肆アクセスにて取扱 電話03-3291-8474)
杜の都、仙台の文化を、古い資料をふんだんに盛り込んで紹介するオールカラー誌である。巻頭は、空襲で焼失した国宝「仙台城大手門」について、新発見の旧陸軍経営部修理報告書(明治23年)などから往時を振り返る記事。圧巻は本誌中央部分の折込み記事で、観音開き状態にページを開けば、昭和初年当時、仙台にあった15軒のレストラン・喫茶店のマッチラベルの図版が53枚も並ぶ。昭和のモダンデザインの味わいと美しさもさることながら、掲載店の場所を昭和3年当時の地図を用いて示したり、昭和12年発行の雑誌からそれらの店の「喫茶ガール評判」を紹介したりと、念入りな記事構成がなされている。
本誌の編集者は仙台の教育史・出版史が専門の郷土史家であるが、その地道な資料蒐集と研究の姿勢が誌面にもよく現れている。誌面で展開されるのは、あくまでも仙台という地域限定の情報だが、それぞれの記事が非常に丁寧な取材を経て作成されており、古いことがらを調査する方法や資料探索の手段について、学ぶべきところが大きい。(以上3点、田中栞 文章中略させていただきました:管理者)
「本と箱をめぐる冒険2」
糊入れ袋綴じ製本 5000円
2004年9月に世田谷美術館で行った山崎曜主宰の「手で作る本の教室」の展示の記録。
製本も新しい平綴じを試みた。(先日の「眠る本、装う本」展にも展示したものです。)
お申し込み・問い合わせは
手で作る本の教室 山崎曜
book@box.email.ne.jp
156-0057 世田谷区上北沢3-19-6
TEL 03-3302-0364 FAX 03-3302-3946
RELIURE Les decor en papier
Florent Rousseau著
新刊・現代製本家フローラン・ルソーによる紙の装飾技法
114ページ、糸綴じ、45ユーロ
EDITION FATON
Fax 03 80 48 98 46
infos@faton.fr http://www.faton.fr
府川充男撰輯『聚珍録(しゅうちんろく)―図説=近世・近代日本〈文字―印刷〉文化史』
三省堂 2005年2月刊 B5判丸背上製3分冊・各冊函入・更に3冊を収納するセット函入・各冊スピン3本つき・製本は牧製本印刷 第1篇「字体」4色刷口絵80頁+本文1021頁+別冊(東京築地活版製造所の大正8年改正版見本帳のリプリント)101頁・第2篇「書体」1165頁・第3篇「仮名」1062頁(分売不可) セット定価・本体45,000円+税
本邦活字研究の第一人者・府川充男が27年の長きにわたって研究・執筆を重ねてきた、日本近代の「文字―印刷」文化史の集大成がようやく出版に至った(「撰輯」とあるが、著者と見なして差し支えない)。国会図書館や内閣文庫などの図書館や巷間の古書資料から長年蒐集してきた、幕末~昭和の膨大な活字資料群から、約3000点を惜しみなく図版で示し、懇切な解説を付す。解説や註とはいいながら記述は詳細で存分な分析がなされ、第3篇巻末の131ページに及ぶ「書名記事名索引」「人名社名索引」(計約8000項目)を活用することで、印刷事典としての使用も可能である。
いずれにせよ、たび重なる刊行予告のみあって一向に書物の形にならず、「幻の書」と終わるかに見えた本書が、こうして世に出ることができたのは喜ばしい。『本と活字の歴史事典』(柏書房、2000年)によって刷新された本邦印刷史研究が、本書の刊行によって、更に一歩前進したと言えよう。
エドワード・ジョンストン著、遠山由美訳『書字法・装飾法・文字造形』
朗文堂 2005年2月刊 B5判309頁 定価・本体4700円+税
1906年、ロンドン中央美術工芸学校が監修を行った、美術工芸ハンドブック・シリーズの1冊として刊行されたものの邦訳。著者(1872-1944)は、大英博物館の古写本をシドニー・コッカレルの指導のもとに研究、ロンドン中央美術工芸学校で教鞭をとった人物。本書では、写本書体の歴史、書字法の歴史、写本の製作、彩色大文字の描き方、金箔の使い方、装飾の実際、レタリングとそのレイアウト、石碑の順に、それぞれの実践的な方法を豊富な図版とともに解説している。「黒と朱赤」の章は2色刷である。
カリグラファーである訳者は、本書の原書をカリグラフィを志す数人のグループで輪読していたという。文字作品のアーティストであり実作者でもあることから、訳文は平易で明解、技術的な記述部分にも安心感がある。
『歸らざる風景 林哲夫美術論集』
みずのわ出版 2005年3月刊 A5判変形197頁・角背上製・ボール紙製覆い帙つき 頒価・本体3000円+税(書肆アクセス TEL 03-3291-8474・書肆啓祐堂 TEL 03-3473-3255 で署名入本取扱い)
画家であり書物研究家である著者の、洞察に満ちた美術論24編を収める。古書や様々な資料から拾い集めた事象を拠り所に、柳瀬正夢がダダイズムを正確に理解した時期を、松本竣介のサインに併記された数字の意味を、洲之内徹の「蒐集への衝動」を読み解いていく。岸田劉生が描いたパレットの図解から、絵の具の種類や使用した色の傾向、油の種類による効果の違いなどを分析できるのは、画家である著者ならでは。
石塚純一著『金尾文淵堂をめぐる人びと』
新宿書房 2005年2月刊 四六判4+297+3頁 定価・本体2800円+税
金尾文淵堂は、明治30年代から大正期にかけて、文芸書、仏教関係書、旅行案内、美術書等を出版した版元で、その出版物は贅を凝らした造本で知られる。初期は大阪が活動拠点であったが明治38年頃東京へ移転、関東大震災後に再び大阪を本拠地として、徳冨蘆花、与謝野晶子、薄田泣菫、木下尚江らの本を発行した。本書は、文淵堂金尾種次郎と、この版元に関係した人々に焦点を当てた1冊である。
なお著者は平凡社で『世界大百科事典』や人文書の編集に携わったのち、現在は札幌大学文化学部教授を務める。本文組版・レイアウト及びブックデザインは大貫伸樹、校閲は池上達也(もと平凡社、白川静『字通』編集・校閲担当者)で、本の作りは丁寧である。
小槌義雄監修・コレクション『エクス・リブリス―和の蔵書票コレクション』
ピエ・ブックス 2005年2月刊 A5判183頁 定価・本体2400円+税
切手と古銭の蒐集家である監修者が、関西随一の外国銀貨の蒐集家・竹下正一旧蔵の蔵書票貼り込み帖1冊及び郷土玩具の小版画数枚を縁あって入手、そのコレクションをオールカラーで紹介したもの。
蔵書票と小版画計307点、他に武井武雄や守洞春作の賀状など11点も掲載するが、掲載図版のうち厳密に「蔵書票」の条件を満たす作品は約70点ほどで、版画家は武井武雄、川上澄生、前川千帆、畦地梅太郎、関野凖一郎、佐藤米次郎、川西英、初山滋、枡岡良などである。印刷は大変鮮明で、武井武雄作の蔵書票(‡‚ 112)では空押しがきれいに印刷されている。
『「古本屋の書いた本」展目録』
東京都古書籍商業協同組合(TEL 03-3293-0161)2005年4月刊 B5判52頁 頒価500円
2005年4月21日(木)~24日(日)の4日間、東京古書会館2階情報コーナーで開かれた展示に合わせて、組合広報部長中野照司(司書房)が中心となり、『彷書月刊』編集長田村治芳(なないろ文庫ふしぎ堂)・内堀弘(石神井書林)・『日本古書通信』社長八木福次郎・青木正美(青木書店)らの協力を得て作成した目録。古書店主を初めとして、妻、子供、兄弟、親、番頭さん、社員など、古本屋の関係者が書いた本を対象として約800点を収録、著者名の50音順に配列してある。
『未来』第463号
「読書特集2005」 未来社 2005年4月刊 A5判48頁 定価・本体100円+税
PR誌ながら充実した内容の号である。「世界の書店から」と題しての3本、酒井隆史「ニューヨーク、ラディカル書店ツアー」、丸川哲史「台北書店めぐり」、森元庸介「指し示される自由―リブラールのこと」は、いずれも個性的な書店の紹介。座談会では、月曜社取締役、国書刊行会編集部、大月書店編集部、浅川書房編集・営業の4人に、司会役の本誌編集部員が加わって「営業・販売の現場から考える本作り」のテーマで9ページにわたって掲載。特集記事の最後が「『未来』ができるまで―印刷所・製本所を訪ねる」で、企画、原稿依頼、広告準備、入稿、組版、校正、面付け、刷版、本文・表紙印刷、用紙発注、丁合、あじろ綴じ、三方化粧断ちという工程を、写真とイラストで解説する。出版社のPR誌は、版元により、また時代により印刷や製本が異なるが、作業手順のような現場の事情は公けにされる機会がまずないので、こうした記事も今後、一つの貴重な史料になるといえる。(敬称略。以上7点、田中栞 文章中略させていただきました:管理者)
編集ワーキンググループ編『防ぐ技術・直す技術-紙資料保存マニュアル-』
日本図書館協会 2005年3月20日刊 A4判 123頁 定価・本体2200円+税
図書館員および本や古文書などの紙資料の保存修復家を目指す人たちに必携のマニュアルである。「利用」と「保存」は対立する概念ではなく「利用」のために「資料保存」があるという考え方にもとづいて、個々の資料に対して劣化を遅らせる「防ぐ技術」と、補修しないと利用に耐えられない資料や、そのままでは傷みが進行して利用できなくなる資料への処置としての「治す技術」を分かりやすく、詳しく解説している。必要な接着剤や紙などの材料の説明が丁寧で分かりやすい。また図書館員を対象とした場合の技術的難易度を★の数で示しているのも親切だ。良いマニュアルは使いこなしていくにしたがって、より良い方法を発見したり、不十分に感じたり、別の疑問を持ったりするきっかけを多く与えてくれる。本書は間違いなくそのように啓発的なマニュアルの一冊である。(岡本幸治)
林哲夫『読む人』
スムース文庫7 (京都市西京区上桂森上町18-12 林哲夫
TEL・FAX 075-392-6241) 2005年2月刊 A5判64頁 定価500円 神保町・すずらん通りの書肆アクセス(TEL 03-3291-8474 郵送もしてくれる)および書肆啓祐堂(TEL 03-3473-3255)で、著者直筆俳句入り署名落款印入り本を販売中
ブックデザインの仕事もしている著者は、自然とたまる束見本を、スケッチ帳として活用しているという。そんな経緯を記した巻末あとがきは、短いながらも一本の楽しい古書エッセイになっている。